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忠三郎狂言会

忠三郎狂言会

 16日は「忠三郎狂言会」へ。名前の通り、茂山忠三郎家の狂言会です。前々日に突然休みになったので慌ててチケット取りましたが、残っていて良かったです。今回は先代忠三郎の五十回忌ということで、茂山良暢師の大曲『花子』披キ(初演)でした。

 最初の素囃子は、今ひとつノリ切れませんでした。最初のカカリのところがもたついた感じがして…。まあ、常の『安宅』でもカカリが上手く打てない私が偉そうに、と思うのですが(苦笑)

★大蔵流狂言『通円』
 旅の僧侶(ワキ)が宇治橋を通りかかると、茶屋に茶湯が手向けられている。所の者(アイ)に尋ねると、昔、宇治橋供養の時に大勢の客に茶を点て、ついに茶を点て死にした通円という茶屋坊主がいて、その命日なのだと教えられる。僧が弔っていると、通円の幽霊(シテ)が現れ、茶を点てて奮闘した有様を語り、跡の供養を頼んで消え失せるのでした。

 能『頼政』を徹底的にパロディにした狂言です。役名もシテ・ワキ・アイと能に準じますし、囃子も能に準じたものが奏されます。詞章を一部取り出してみても『頼政』が

シテ「忠綱。兵を下知して曰く
地謡「水の逆巻く所をば。岩ありと知るべし。弱き馬をば下出に立てて。強きに水を防がせよ。流れん武者には弓筈を取らせ。互いに力を合はすべしと…

とあれば、『通円』には

シテ「通円。下部を下知して曰く
地謡「水の逆巻く所をば。砂ありと知るべし。弱き者に柄杓を持たせ。強きに水を担わせよ。流れん者には茶筅を持たせ。互いに力を合はすべしと…

とあるように、一字一句を細かくパロディに仕立てた狂言です。それだけに『頼政』の謡をしっかり知っていないと、面白みが半減する曲です。私は…そこまで達せず(苦笑) 家に茂山千五郎家の台本(『日本古典文学全集 狂言集』小学館)なら持っているのだから、一通り読んで行けば少しはマシだっただろうに(後悔)

 ワキをつとめられた茂山千五郎師。少し堅くて重々しい感じがしました。こういうかっちりした役を演じられると、余計な力が入られる感じがするのですが…。

 『通円』を楽しみきれなかった私ですが、シテの忠三郎師の「狂言カケリ」で舞台を一周するあたりは、雰囲気があって印象深かったです。

 ただ今回の囃子を見ていると、囃子に関しては、能のパロディとしてのレベル以上に達しない感じを受けました。能のような囃子を打つ必要はないのですが、狂言ならではの囃子というのが、もっと追求されても良いように思います。囃子方にも、あくまで能の囃子方(狂言を含めた"能楽"の囃子方ではなくて)だという意識もあるのでしょうが…。

 ところで、番組には「善竹忠重、善竹隆平、他」とあった地謡。その「他」のメンバーが「志芸の会」の方々だったので、あら?と思いました。忠三郎家の方なしで謡うんですね。最後の「追加」(追善の会で、故人を悼む謡が一節謡われること)で謡われた『祐善』もこのメンバーでした。

★大蔵流狂言『魚説経』(和泉流「魚説法」)
 摂津国兵庫の漁師が出家して、にわか坊主となり、旅に出る。途中で持仏堂を建立して、住持を探していた男と出会い抱えてもらうが、説法を頼まれたものの、経を読んだこともない。仕方なく魚の名前を並べて説法のように聞かせるが、男に気付かれ、追い込まれてしまうのでした。(※和泉流では少し筋が違います)

 「いでいでサワラ(鰆=さらば)説法を述べんとて、イカ(烏賊)にもスズキ(鱸=すすき)にすすけたる…」「まづ説法をスルメ(鯣=するもの)なり」「シャケ・ブリ(鮭・鰤=釈迦牟尼)如来」「生ダコ、生ダコ、生ダコ(なんまんだぶ)。ハモ阿弥陀、ハモ阿弥陀、ハモ阿弥陀(南無阿弥陀)」「まず物をイワシて(言わして)おクラゲ(おくりゃれ)」…などなど。いわゆるダジャレ(秀句?)の連続です。魚類に統一されているのが、センスが良いですね。

 本来はシテ茂山千作師、アド茂山千之丞師の予定が千作師の休演で、シテ千之丞師、アド茂山あきら師に交代。しかし、まるで素で喋っているようにも見える千之丞師の自然な演技が本当に良かったです。高い芸域に達したからこそ、素のような演技が栄えるとは思うのですが。

★大蔵流狂言『花子』
 洛外に住む男のもとに馴染みの遊女・花子から手紙が届く。しかし、妻の目が光っているので会うことはできない。男は持仏堂で一夜の座禅をすると言って家から出、実際には供の太郎冠者を身代わりにして花子のところへ行ってしまいます。妻は夫を見舞うため持仏堂に来ますが太郎冠者が身代わりになっていることに気付き、入れ替わって夫の帰りを待ちます。翌朝、帰って来た男は妻とは知らずに、花子との逢瀬の嬉しさ・別れの辛さ・妻の悪口などを聞かせるのでした…。

 茂山良暢師25歳。正直まだ早いんじゃないか、という思いがありました。私は今までに『花子』を2度見ていますが、前に若い方が演じているのを見たときは、頑張ってらっしゃるのは分かるものの、あまり面白いとは思わなかったので。アドもほぼ同年代の善竹忠亮師の妻に、少し年長の善竹隆司師の太郎冠者。好きな演者ですが…それでも若いなぁという印象が拭えませんでした。

 しかし実際に見た舞台はとても面白かったです。忠三郎師や千之丞師といった超ベテラン勢とはまた違いますが、良暢師の全力投球の演技が好印象。帰ってきた時の小歌は少々苦しそうでしたが、それでも若さで押し切った感じでしょうか。共演者も好演。

 善竹忠亮師演じる妻、「恐妻」の代表格のように言われますが、どちらかというと、男の世話を焼きたくて仕方ないのだろうなぁという印象。もちろん嘘をついて愛人のところに出かけてしまう男が悪いのですが、妻が何度も「片時の間も離れられない」というセリフを繰り返しているのを聞くと、男にも窮屈だろうなぁと同情。気楽な相手である花子に会いたいと心が傾くのも無理はないと、思ってしまいます。

 身替わりだった太郎冠者に怒りを爆発させつつも、その後は守り袋や巾着をやろう、疲れているだろうから休め、などと言っているのを見ても、基本的には心配りのできる、しっかりとした女性なんでしょうけれど。

 傑作だと思うのは「ありように言えば、一日の暇をやらぬことはないのに、わらわを誑して…」というセリフ。絶対嘘だ(笑) でも、何よりも自分を騙していったということに腹が立つ気持ちはその通りだと思います。

 前回拝見したときには「替装束」の小書があったので、前場と後場のシテの装束が異なりましたが、今回は同じものを、後場で素袍の片袖を脱いで、乱れた格好にしての登場です。片袖を脱ぐといえば能の物狂の出立ですが、まさに恋に狂った姿だということが良く分かりました。「替装束」の装束も素敵でしたが、舞台衣装の理屈からいえば今回の形の方が分かりやすいですね。

忠三郎狂言会 茂山忠三郎良一五十回忌追善
◆11月16日(金)18時半〜 於・大槻能楽堂(大阪市中央区)
★素囃子『安宅-瀧流』
 笛:左鴻雅義 小鼓:荒木賀光 大鼓:守家由訓
★大蔵流狂言『通円』
 シテ(通円の霊)=茂山忠三郎
 ワキ(旅の僧)=茂山千五郎
 アイ(所の者)=安東伸元
 地謡=善竹忠重・善竹隆平・岡村和彦・牟田素之
★大蔵流狂言『魚説経』
 シテ(僧)=茂山千之丞
 アド(男)=茂山あきら
★大蔵流狂言『花子』
 シテ(男)=茂山良暢
 アド(妻)=善竹忠亮
 アド(太郎冠者)=善竹隆司
funabenkei | 能・狂言鑑賞記録 | 08:04 | - | - | - | - |

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