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博士の愛した数式

博士の愛した数式

 小川洋子さんの人気小説を映画にしたもの。妹が家政婦役の深津絵里さんのファンで、その妹に私も感化されて一緒に見に行きました。上演前に妹がシネマストアで見本のパンフをめくっていると「能の写真あるで」 おっ!能の場面があるんでしょうか。上演前に楽しみが増えました。

「博士の愛した数式」あらすじ
 数学教師の√(ルート)は、新しく受け持ったクラスで自分の通称の由来を語り始める。シングルマザーだった√の母は、事故の後遺症で記憶障害を負った数学博士の家で、家政婦として働いていた。ある日、彼女に10歳の息子がいることを知った博士は、家へ連れてくるように告げる。その日から、博士と家政婦・√の3人の和やかな日々が始まるのだが…。

 全体的に静かで、これといった盛り上がりはないのですが、じんわりと博士と家政婦・ルートの間の優しい雰囲気が染みてくるような映画でした。これは、最初の方にあった博士のセリフ「きみの誕生日とぼくの手首に刻まれた文字がこれほど見事なチェーンで繋がりあっている。友愛数だ」の通り、"友愛"なんだろうと思います。

 最近、「泣ける」というキャッチフレーズの映画や小説などが多くて、私も某小説を借りて読みましたが、確かに涙は出たものの、正直なところ「泣ける」というよりは無理に「泣かされている」気がして、あまり好きにはなれませんでした。今回見た『博士の愛した数式』のような、帰る道すがら自然と優しい気持ちになれるような方が私は好きです。

 特に寺尾聰さん演じる博士が語る数学の話は実に魅力的で、自然とこちらから聞き入ってしまいます。彼は事故による障害で記憶が80分しか持ちません。だから毎回初対面の挨拶をします。その挨拶とは「君の靴のサイズはいくつかね?」というもの。深津絵里さん演じる家政婦が「24です」と答えると「実に潔い数字だ。4の階乗だ」

 階乗は1からその数字までの自然数の積。1×2×3×4=24というわけです。数式では"n!"なんて書きます。そのほか円周率πに平方根√。虚数i…こんなの高校のころに習ったなぁ、と懐かしく思い出します。

 博士は数字や数式に「潔い」「美しい」「素晴らしい」といった形容詞を使います。数学と最も縁遠そうな語群…それがすぐに違和感を感じなくなりました。数学ってこんな捉え方もできるんですねぇ。

 何度も出てくる完全数。1を含んだその数以外の約数の和が、もとの数になるような自然数のこと(例えば6。1+2+3=6)ですが、昔、母の本棚から取って読んだ『ゼロから無限へ』という本に載っていましたね、確か。当時は中学に入ったばかりで途中で投げ出してしまいましたが、もう一度読み直してみようかな…? 本棚に今も入っているはずなので。

 重要な人物に博士の兄嫁がいます。現在の博士は、その兄嫁に養われています。最初に兄嫁が家政婦に博士の記憶について説明する場面があるのですが、そこで兄嫁は「義弟の記憶の蓄積は二人で見に行った興福寺薪能の夜で終わっております」と記憶が80分しか持たなくなったきっかけが薪御能の帰りにあった事故であることを言い、続けて「当時のわたくしの姿がそのまま今も、これからも生き続けて行くのです」…二人のただならぬ関係を暗示させて、なんとも艶かしい。

 でも、博士は兄嫁の住む別荘の離れに住んでいて普段行き来はなく、「離れのことは母屋に持ちこまず、離れで解決するように」という指示まで出します。自分たちの関係のことを本当に悔いているんでしょうね。そういった部分が艶かしくも、控えめな雰囲気になるのでしょうか。でも、一方で強い独占欲も持ち続けています。演じたのは浅丘ルリ子さんですが、登場箇所は少ないけれど印象深い役でした。和服姿もステキですしね。

 兄嫁の部屋に能面を描いた絵がかけられていて、博士の部屋にも能面があります。殊更クローズアップされることはないのですが、興福寺の薪御能を暗示させる小道具なんでしょうね。

 パンフレットにあった能の写真は兄嫁と博士が見に行った、薪御能の回想場面…のようです。曲は『江口』で、スタッフロールによるとシテは観世銕之丞師で地謡も銕仙会の方々。囃子方は笛・松田弘之師、小鼓・大倉源次郎師、大鼓・亀井広忠師。

 ただ私としてはどうも場所が興福寺の南大門跡には見えないですし、薪御能は写真を見る限り『翁』のように囃子方や地謡・後見は素袍と侍烏帽子を身に付けるようなんですが、映画は普通に紋付・袴でした。演者も全員関東勢だし(大倉源次郎師は関西出身なので、関西での出演も多いですけれど)などとマニアックな違和感を感じました(笑)

 パンフレットを見ると薪能の場面の収録日は5月11日、実際の薪御能の日と同じです。…こだわるならもっと似せたら良いのに、と思うんですけれどね。ただし、これは先にも書いた通りマニアックな話で、能としては粒揃いで、もっとゆっくり見たいぐらいですイヒヒ

 ちなみに映画の後半、数学雑誌の懸賞の当選案内が来るのが5月12日で、その直後に薪御能の場面が挿入されています。このことは「涸井戸スコウプ」のnoracoさんが指摘されていますが、確かに狙っての一致なのでしょう。

 あと重要な要素としては阪神タイガースで1967年〜1975年に活躍した江夏豊さん。背番号が28という完全数であったこともあって何度も登場するのですが、こちらのことは本当に無知で。野球にもっと興味があったらより楽しめたかなぁ、と思います。

 …興福寺の薪御能と阪神タイガースが登場するので、舞台は関西なのかなぁ?と思いましたが、景色というか時々遠くに映る森の感じが関西っぽくないんですよね。途中で家政婦が長野ナンバーの車を洗う場面があるので、長野なんでしょうか。

 …と、長文の感想を書いてしまうぐらい、楽しめた映画でした。最近、ちょっとブログが長文化していますけれどね。もうちょっと軽く書きたいんですが(笑)


 見たのは地元のシネコンで時間が遅かったのもあるんでしょうが、客は私と妹の二人だけ。貸し切り状態でした。いや〜気持ち良く見れたからいいんですけど、経営はちょっと心配かも(笑)

funabenkei | 映画・ビデオ・テレビなど | 21:22 | - | - | - | - |

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